こころに強く残るおもいでの場所で僕は、たいがいいつも1人でいる。
祖父は僕を愛していたけれど、果たして僕は彼の愛に報いていたろうか。
その日も僕は、永遠に続くかのような夏休みのけだるい午後を、今はもう取り壊されてなくなってしまった母親の実家の、どこか薄暗い場所で寝そべってすごしていたと思う。
普段ならなんでも僕のいうことを聞いてくれる祖母も叔母も、何故か出かけていて、家の中は静まりかえっている。
隅々まで赤裸々に、電灯の光のもとに照らし出されてしまうような、現在の内ヶ島邸と比べ、当時のこの家には、何年も日の光を浴びていないような、暗くてひんやりと冷たい場所がいくつもあった。
そして僕は、そのような暗闇に対して、畏怖とともに、不思議な安心感を覚えるような、そんなこどもだった。
まだ結婚していなかった叔母は、週に1回の華道教室の師範の傍ら、長い黒髪の少女の人形を作るのを趣味としていた。読書が好きで、部屋にはいつもなんだかわからないがたくさんの本が置いてあった。彼女の部屋のレコードプレーヤーで、子供向け雑誌の付録についていたソノシートを、繰り返し演奏したことを強く覚えている。
そして祖父が帰ってくる。
この歳の子供には高価すぎるお土産を持って。
無邪気に喜ぶ僕の傍らで、そのような一方的な愛情に戸惑う僕がいなかったとはいえない。
小学校へ入るまでの人生の大半を、そして学校に上がってからの全ての長期休みの大半を、僕はこの家で過ごした。しあわせな体験であったと思う。
おそらく、あの薄暗闇が、僕の原風景であり、ルーツであろうと思う。