幼きとき

オモイデの場所をなるべく最近で思い出そうとしたけどいまいちピンと来ませんでした。僕にとって一番のオモイデは記憶の端っこの古いオモイデなんだろうなと思います。幼いころの自分の視線で覚えている場所。アパートのコンクリの下を誰かと走ってるなー。いつだろなー。どこだろなー

駐車場

小学生の時、友達2,3人と家の駐車場でよく遊んだ。

大人にとっては、ただ車を止める場所だけど
小学生にとっては遊ぶのに格好の場所。

サッカーしたり、鬼ごっこしたり、なわとびもしたかな。
あと、意味もなくぐるぐる回ったり。

ボール遊びをしていると必ず起こるアクシデント!
ボールが駐車場の塀を越えた…
他人の家に入ってしまった。
塀を越えてとりに行く。

すごくどきどきした。

何もかもすべてがおもしろかった。
小学生ってすごい。

マイ ホームタウン

匂いの記憶

数年ぶりに嗅いだ日に当たった稲の香ばしい匂いと田焼きした後の燻った煙の匂い。むせる程の。

幼い頃から毎年嗅いで来た、ココロの棲む場所の匂い。

かけっこについていけなくて泣きながら歩いた土手沿いの道。
日に何度も着替える位、夢中になった川での水浴び。
寝っころがって夜空を見上げ知ってる星を探しては得意げになっていた幾つもの夜。
いつも傍に在った掌。声。
それから、
それから、
あのとき皆で誓ったこと。
歩き出したあのとき。

愛されたり
裏切ったり
泣かせたり
許されたり
愛しているけど
傷付けたり
傷付けたり

愛されていたり。

今違う場所で抱くものは

あなたとの

あなたとの
あなたとの

BCE PLACE

誰もが足早に行き交うオフィス街。
ようやく慣れた言語が空を飛ぶ。
真新しい背の高いビルたちの間に
吹き抜けのように広がった中庭で
私はいつも寝転んでいた。
太陽が真上から差し込んで
旋回する風とで空気を浄化していった。

ネクタイもしない
化粧もしない
昨日と同じTシャツで
わたしは日々皿を洗い
休み時間に毎日そこで天を仰ぐ。

ホットドック売りに目をやって
腹をグゥと鳴らせながら。

「明日はどっちだ」

私は間違いなく生きていた。

5m。

通っていた大学の正門。
そこから少し中に入ったところに彼女。
そしてもう5mのところに自分。

お別れだった。浅い意味でも深い意味でも。
傘から勢い良く飛び出したはずなのに振り返ってしまい、
ひとつもそこから動いていない彼女が見えた。
そして、鮮明に読みとれた彼女の口の動き。
声がなかった分、集中できたのかも知れない。

読みとれたのに戻れなかった5m。
近くもなく、遠くもない場所だったから。

天国の扉、スパニッシュ・ハーレム

偉人や友人や先人によく叱責を受けた。
怠慢を得手としていたのだ。
怠慢が怠慢としてそのまま生き続けたスパニッシュ・ハーレム。
懐かしさを感じさせる尊き場所は残念ながら思いあたらないが、
近しさを感じずにいられぬ然るべき場所はある。
そこは路地裏の奥に潜む蔓に囲まれたスパニッシュ・ハーレムの教会だった。
最後まで神に拝むことも抗うこともなかったがそこで確固たる感情が芽生えた。
私情が込み入りすぎて、バカらしくなるほど。

オモイデの場所とはいわば生涯辿り着けない天国かもしれない。
時はふり返ることを許してくれるが、引き返すことを許してはくれない。
その辛辣さも甘さも愛すべきものなのだ。

しかしここで難儀な神のイタズラに遭遇する。
天国への道は、先ず死なぬことには拓かれない。

世知辛く度し難いこの世こそ、オモイデの極地にちがいない。

今の場所

いつ頃からか、今が懐かしくなった。
惚れた女の鼻歌が台所から聞こえたとき
窓の向こうのありふれた午後のありふれた光を眺めたとき
観葉植物の葉が一枚はらりと落ちたとき
それらの瞬間が目の前から消え去るということ。
おびただしい思い出のすべては、いつも今いる場所から生まれてきた。
そうやってこの今もまた、ある日あるとき
意志とは無関係に不意打ちのように追憶されるのだろうと思うと
今がむやみに懐かしい。

信愛幼稚園

幼い頃の記憶が濃い。

初めて家に妹が来たとき。
産湯につかった時のこと。
状況を鮮明に、気持ちを鮮やかに覚えてる。

幼稚園は特別な場所だった。
初めて体験する社会。
それは不安そのもので冒険心の固まりだったと思う。
そんな社会が存在する私の幼稚園は、
ほのぼのと。。というよりも、クールな装いだった。
広大な敷地に建てられた修道院に併設された幼稚園で、
うっそうと繁る大きな森。その中を滑る長く曲がりくねった滑り台。
まるで宝探しのように、森の中にはキリストの教えが書かれた木の札が立っていた。
小さいとき、それが意味するものが何か分からなかったけれど、
なんだか触れちゃいけない神聖なものは感じてた。
至る所にそれはある、人生の哀しみと強さ。

先日、20数年ぶりに幼稚園を訪れました。
震災で幼稚園はつぶれ、老人支援施設になっていたけれど、
森や修道院はあの時のまま。
あの頃に感じとられた感覚と今も何も変わっていなくて、
私の全てのルーツはここにある、と確認しました。

鶴屋の屋上

高校生のころ まじめだった私と友人は 校則をきっちり守り
禁止されているファーストフード店には行かずに
鶴屋デパートの食品売り場でおにぎりを買い
屋上で食べていました。

さびれた屋上では
こどもたちがぎゃー、とか、わーとか、走り回り
それを疲れた顔で見ている親(地味め多し)、
ぱつぱつパンツ(豹柄多し)をはいた金髪のおばさんがホットドックをむさぼり食っていたり、
妻の買い物に愛想を尽かし、避難してきたと思われる冴えないおっさんが呆然としていたり、
そいつらが暇つぶしに与えるタベモノを食べ過ぎて肥え太ったハトたちが目をぎらぎらさせていたりしていて、

そこに雑然とおいてある、ぼろぼろの、スピーカーの割れたゲーム機から
ぴぃぃぃー だの だっふんだぁ だの つるりんくーん だの ずこっ だの
むちゃくちゃに重なったおとがだだーっとながれていて

さらにお知らせスピーカーから鶴屋のお知らせなんかが妙に明るく流れていて

おにぎりをむしゃむしゃと食べながら、
むちゃくちゃなおとをBGMに
かれらを眺めていると、
私はなんだか、わけが分からなくなってゆくのでした。
そして、むしょうに可笑しくなるのでした。

高校卒業の日、私は屋上にのぼり、
ろくに開きもしなかった教科書を全部、そこのゴミ箱へ捨てたのでした。

自宅近くのトンネル

何故だろう?近頃やたら 頭をよぎる

ワタシは幼稚園の頃 近所の カヨチャン と 近くの小さなトンネルで遊ぶのが好きだった。
すこおし 空気がひんやりしてたり トンネルの外とは違う風が吹いたり 声や音が反
響する あの感じも 差し込んでくる光も なんだか好きだった。

多分、雨上がり だったある日、ワタシとカヨチャンが いつものようにトンネルに遊びに行くと トンネルの中に 営業をサボって昼寝中のおじさんを のっけた白い車が 止まっていた。
その頃 まだ そのトンネルの中の道は 舗装がされていなかった。つまり地面は 泥道だった。。。
気がつくと ワタシとカヨチャンは お絵かきをする感覚で その白い車に 泥んこを塗りたくっていた。。。 おじさんは 爆睡中だった
ワタシは ただひたすらに このシロ が見えなくなるまで車、一面に 泥んこを塗り上げよう! と 集中しまくり 自分なりの達成感を得る為?  その泥んこお絵かきに はまっていた

その 静寂の時は  お昼寝から 目覚めた おじさんの 大声で壊された。。。
こらあっ!!!!!!!
大声で叫ぶおじさんが 車から 飛び出してくるのと
私達が 猛ダッシュで 逃げ出すのは ほぼ同時だった気がする 笑

多分、あれが ワタシが物心ついて はじめて犯した 犯罪?。。。
私にとっては あの泥んこクルマ は 作品だっただけ なんだけどな

あの後、洗車 大変だったろうな。。。おじちゃん ゴメンナサイ。
カヨチャン 元気かな。。。

あの時の全力疾走が ワタシは 今も忘れられない。 笑