白川-釜川

当時の自分の周囲では、一番広く、気分のいい場所だったように思う。
今みると狭くてなんてことない河原。
中3のとき、はじめて学校をさぼって行った。
小さい頃からよく遊んだ場所だけれど、1人で行く誰もいない河原は格別だった。
あの頃からエスケープ癖は強まった。

いつも逃げ出したい自分がいる。でも、逃げに徹する勇気もないのだ。

新潟の河岸段丘地帯にて、遠くの山道を走る車を鳥の目線で眺めながら、以外と遠いところに来てしまっていることに今更気付いた夏だった。

兵庫・須磨海岸

オモイデは数多くありますが、最近ワタシの頭をよぎっては消えるうたかたの記憶を。
それは、約一年前に当時の恋人と行った海。須磨の海。
それは私達が最初で最後に行った、海となった。
私は海で泳いだ経験が浅く、彼にずっとしがみついていました。
その時着てきた白いワンピースをほめてくれたことがうれしかったのに、
その約2ヶ月後、私達は別れました。

昼下がりの海の家で、私の膝枕で彼は眠った。
その頃にはすでにきっと、何かが満ちていたのでしょう。
私は苦しいことに無感覚になっていて、JRと阪急を乗り継いで深夜のタクシーに乗り、
西宮まで出掛けていた日々。卒論との闘いの日々。時間との闘いの日々。

思い出すとナミダが出そうになるけど、鮮やかにさわやかによみがえるひと夏のオモイデ。

ふたばようちえん

***ひそかにオモイデコレクターの巻き #01***
い~つの~ことぉ~だかぁ~♪
おもいだしてご~らん~♪(←出だしで音がやたら高音を要求しない?)

幼稚園て、
粉の絵の具を溶いた匂いとか、特に青。
ダンボールをくっつけあわせて色んなもの作ったり、でっかい船とか。
粘土で怪獣つくったり、背中にイボをつけたよ。緑色。
おゆうぎ会で、うさぎのお母さん役をしたりとか…。シロタイツ。
ね、かわいい私がいるわ。
閻魔大王とかクモの糸のお話とか。
あ、お寺だったの。卍ね。今じゃ正座もキビシイけど。
あと、カワイのカンユドロップ?とか。知ってる?

★小学校に入って、初めて歌謡曲のレコードを買ってもらったの。
ピンクレディーのUFO。チャララ、ラッラッラッ(歳が…)
うれしくて、ようちえんに持って行って、先生にかけてもらった。

そこは北九州は黒崎にあります。もうたぶん幼稚園はなくて、お寺だけだけど。
家から黒崎小学校までの行き道にありました。ときどき車で前を通ります。

長くなりました、すみません。オモイデは尽きません。では#02で。

nodata

僕の思い出の場所は千葉にいた頃(小学校2・3年)、基地の場所探しにと、友達と不安になるくらい遠くまでチャリンコをこいで行って、たまたま出会ったあの場所です。
今にしてみれば車で20分くらいのところなんだろうけど、あの頃の僕にはすごく遠くに感じたなぁ…。でも、そこに行く間の『悪いことをしている』というような感じと、遠くに行ってだんだん不安になるココロ。だけど、友達といっしょだからなんだか楽しくて、とにかくワクワクする感覚。忘れられないなぁ~。
思い出の場所ってのは、「点」や「線」「面」ではなく、ココロの中のように無次元な世界なのかもしれませんね☆

※場所はご想像にお任せします。

サッカーゴールの前

高校時代サッカー部で毎日練習した場所・・・。
ゴールキーパーだった自分は今でもゴール前に立つとその頃の思い出を思いだして
しまう・・・。母校のグランドに限らずサッカーゴールを見るだけでも。

毎日練習で何百本・何千本と受けたシュートやセンタリング。
シュートをとめた時の手の感触とそのシチュエーション。
ゴールを決められた時のシュートコース。レギュラーになった時に使っていた
スパイクとキーパーグローブ。あと、たまらなく臭かった練習着とレガースと
キーパーグローブ…。マジで臭い!

高校時代の自分の仕事場。ゴール前はあの頃はほんと大きく感じました。

でも、思うと高校生活で最もリアルに感じることが出来た時間と場所は
今でもサッカーやってた頃のゴール前だと思う・・・。

二段ベット

幼稚園の二年間。押入れを改造して兄と上下に入って寝ていた。
もちろんあたしは上。

夜中に大きな音。両親がこども部屋のふすまを開けギシギシとやってくる。
きまってあたしは床に転げ落ちている。
それでもしつこく眠ろうとしているので、そのまま抱き上げられ上の段に戻された。

1年間だけ住んだ、今にも倒れそうな小さな木造の平屋。
また引っ越しすることになったけど、ベットは持っていけなかった。

神 戸

思い出・・・にしては、すごーく最近なのですが、
この夏、連れと二人で行った神戸、です。

私たち的には、まるでパリでした。
建築家の安藤忠雄が、「神戸はパリをこえた」とおっしゃったそうですが、
私もまったくそのとおりだと、感じております。

素敵なカフェや変なオブジェとか、街中の車の路駐ぐあいとか、
福岡とはひと味ちがう風が、つまりパリの風がふいていたのでした。

注:ちなみに、パリは行ったことありません。

マレーシアのとある丘

「場所」というのとはちょっと違うのかもしれないけど(「場所」よりもっと面的なんだけど)
今のところ一番印象的なのは「夕焼けを見たマレーシアの丘」。
3年前の夏に、マレーシアであった学会(みたいの)のツアーで、
確か、「マラッカ海峡に沈む夕日を見て、マレーシア料理を味わい、蛍を見る」
というメニューだったと思う。それは、ちょっと前に駅で人身事故を見てしまい、
見たというか、その被害者(女の子)が一番最後に接触したのが自分だったことで、
なんとなく責任を感じてしまったり、なんで飛び込んだんだろうとか、
本当に自殺だったんだろうかとか、いろいろと想うことがあったときで。

スコールの後に出た虹が灯台にかかっているのが見えて、その風景を背中に、
久しぶりに夕焼けの始まりから終わりまでを見て。
その夕焼けの情景は、写真に撮っても撮りきれないと思えちゃうほどで。
そのときに、その彼女はやっぱり自ら飛び込んだんだなぁと思えて、
こんな夕焼けを見ることも放棄しちゃったんだなぁ、やっぱり自分から死んじゃうって
いけないことだし、第一もったいないなぁ、なんて想って、泣けるくらい感激した。

その灯台のあった丘の正確な位置も地名も地形も、単に「マレーシアのどこか」と
しか覚えていないけど、「場所」といわれて一番思いつくのはあの風景、だなぁ。

生まれた家

大阪の下町、生まれてから4才ぐらいまで住んでいた家
家の各部屋は体育館のように広く、その部屋に秘密基地を作って
あそんでました

家の前の道はその先が行き止まりになっていたので、車は一切通らず、
運動場のように広かったので、走り回ったり、道路に落書きしたりして
あそんでました

高校生のときにその場所を訪れることがあり、愕然としました
「狭いっ!!」
全ては自分の体が小さかったから感じていた感覚。

家はもう無かったけれど、とても体育館が建てられる程の敷地ではなかったし、
道も車が一台通れるぐらいのはばしかありませんでした

現実と想い出のサイズギャップ
でも、想い出の風景は書き換えられることなく、いまでも広いまま。

五島列島 福江島

「好きで好きでしょうがない」っていう感覚を覚えた場所

海に囲まれた小さな島で
知らない小学校に潜入して鉄棒したこと
たくさんお喋りして、音楽を聴きながら星空を見上げたり
潮のにおいがする中で波の音を聞きながらボーっとしたり・・・
何もかもが新鮮で感動を覚えてました
時間が止まってたカンジです

夏になるといつも思い出します。