東京駅

一年間、東京駅の近くにある会社に勤めた。
出張ばっかりの日々だった。
名古屋へ。大阪へ。山梨へ。京都へ。
「新人」の私はいつも先輩の後にくっついていた。

新幹線、何分?あと2分?まにあわねーよ、走れ!
すいませんと小声で答えてひたすら走った。
山のような資料が重い。
スーツじゃ走りにくい。
タクシー券もってくるの忘れた。
この先輩、グリーン車希望だったっけ?(チケット手配間違えた...)

何も考えられない日々だった。
とても必死だった。
だけど、何かがひっかかっていた。

そんなに走って、何に間に合うんですか。
どこに行くんですか。

会社をやめた日、東京駅の電光掲示板がチカチカしてるのが目に沁みた。

散歩道

周りから、彼氏と間違われるくらい仲が良くて、顔が似ていない私と弟。
ある日突然、彼に二度と会うことが出来なくなる日が訪れた。
全てが終わりしばらく経って、一人ふらりと散歩に出かけた。
歩くたび色々な思い出が頭を巡り、押し寄せる感情に流されそうに
なりながら、ただ歩いた。
滲んだ視界の向こうに、遠い昔に遊ぶ私達を見ていた。

家と家を渡る赤い橋

当時付き合っていた人の家に向かう途中,狭い路地の先に湾を渡る赤い橋が見えた.
まるで路地に並ぶ家と家を結んでいるような橋.
人や猫の温度が残る路地を冷たく支配する橋.
ちょっと遠回りなのに,必ずその路地を通ってた.
橋からはこんな路地は見えないのに,と思いながら.

病室から見た新病棟と満月

我が子誕生の前日深夜。いつ終わるともわからない陣痛に耐えながら二人で病室から見た、新病棟の建設現場とその先の空にある満月。月と人間との神秘的としか言いようのない繋がりの深さと、目の前で行われている(今の自分にとって)見慣れた人間の営みと。その関係性の凝縮した風景を見ながら、ただ無事を祈ることしかできなかった自分の無力さを感じた瞬間でした。

福岡市中央区赤坂1丁目のマンションからみた空

かつてオフィスを構えていたマンションは、周囲に高い建物がなく、空がよく見えた。
仕事に飽きると、よくベランダでタバコをすいながら、
毎日雲の流れる様を無心に眺めていた。
夏は力強い積乱雲の造形を楽しむことができた。
夕刻になると、晴れた日にはすばらしい夕焼けを臨むことができた。
その雲に映る美しい色彩にインスパイアされたことも少なくはない。
美しい空は得難いものだ。東京の街中で、ふと毎日見ていた
福岡の広い空が心の中によみがえることがある。

日比谷野外大音楽堂

今でも、ずっと好きな音楽があります。

まだ明るかった空が、
舞台の照明が消えた頃には、
すっかりと暗くなっていた。
自然に、涙が出てきた。
こんなに好きだなんて思わなかった。
ありがとう。
ありがとう。

エレベーターの中

エレベーターに入るといつもキスしてくれた人が好きでした。エレベーターで1人になると思い出します。

白い鳥のいる庭

酉年生れのせいか、鳥好きな私は
鳥を見るのも、飼うのも、食べるのも好きだ。
「見る」「食べる」は続けているが、
「飼う」は久しくしていない。

小学校から高校にかけて、
真っ白な文鳥を飼っていた。
仲良しの彼には、ある「奇跡」をみせてもらったこともある。
十数年長生きして、ある朝眠るように、老衰で死んだ。
亡骸は箱にいれて、家の庭に、誰にも教えずに埋めた。

その後、父が事業に失敗し、この家と庭は売られ、
よその人のものになり、
その後さらに売られて、いまはビルが建っているらしい。

コンクリートの下にある庭に眠る
一羽の白い鳥の夢を、
いまもときどき見ます。

東京駅

一年間、東京駅の近くにある会社に勤めた。
出張ばっかりの日々だった。
名古屋へ。大阪へ。山梨へ。京都へ。
「新人」の私はいつも先輩の後にくっついていた。

新幹線、何分?あと2分?まにあわねーよ、走れ!
すいませんと小声で答えてひたすら走った。
山のような資料が重い。
スーツじゃ走りにくい。
タクシー券もってくるの忘れた。
この先輩、グリーン車希望だったっけ?(チケット手配間違えた...)

何も考えられない日々だった。
とても必死だった。
だけど、何かがひっかかっていた。

そんなに走って、何に間に合うんですか。
どこに行くんですか。

会社をやめた日、東京駅の電光掲示板がチカチカしてるのが目に沁みた。

あっぷるハウス

クーラーのない安アパート。

友達が来るけど、暑さに耐えきれず、帰ってしまう。
時間を持て余した僕は、一人で自分の写真を撮った。

あのころすでに、自分好き。
いつまでたっても自分好き。

岡田宮→どんど焼き・・・とか。

幼いコロ。
岡田宮は、神聖な場所であるにもかかわらず、
ふだんは、コドモにとっては、オトナにじゃまされないステキな空間でした。
まちなかなのに、緑に囲まれてて、土曜の午後は、よく遊び場になりました。

小学生にあがるコロには、
御神木の「銀杏の木」の廻りを補助輪をつけた自転車の練習。
丁寧に砂利がしきつめられていたので、ひざ小僧はかわいそうだったなぁ。

お宮さんなので、年中行事がいろいろありますが、

七五三の写真が残ってます。もちろん千歳飴を握りしめてます。

それから、1月11日(だったと思う。)
お正月のしめ飾りを焼く、「どんど焼き」は、特に盛上りました。
景品が当るのです。黒崎の商店街の色々な品々が。
商店街のおいちゃん達に、囲まれながら、
とにかくワクワクドキドキで、もちを焼いたり、ぜんざいを食べたりして
とても重要な1日でした。