散歩道

周りから、彼氏と間違われるくらい仲が良くて、顔が似ていない私と弟。
ある日突然、彼に二度と会うことが出来なくなる日が訪れた。
全てが終わりしばらく経って、一人ふらりと散歩に出かけた。
歩くたび色々な思い出が頭を巡り、押し寄せる感情に流されそうに
なりながら、ただ歩いた。
滲んだ視界の向こうに、遠い昔に遊ぶ私達を見ていた。

2年7組窓際後ろから2番目

高校2年。
特別仲の良いクラスではなかった。
仲の悪いクラスでもなかった。
きっと、所謂「団結力」とかそういうものがなかっただけ。
そこで過ごした1年間に、恋しく思う時間がある。

定期試験前になると、部活が休みになった。
私はいつも、教室に残って勉強した。
同じように残っていたのが他に5人。
男子も女子もいた。
そういえば、別のクラスの子も混ざってた。
私は自分の席に座る。
みんなは好きな場所に座る。
だけどなんとなく、教室の後ろの方が好きだった。

隣のクラスから、わいわいと賑やかな声がずっと響いていた。
でも、私たちの教室は静かだった。
ただひたすらに、それぞれの勉強をしていた。
その静かさが、心地よかった。

完全下校30分前。
誰かが伸びをする。席を立つ。誰かに質問をする。
それが合図。
全員ペンを置いて、お菓子を食べながらおしゃべりが始まる。
テストや勉強の話から、昨日見たテレビの話、家族の話。
どうでもいい話ばかりだった。
チャイムが鳴ったら、そこでおしまい。

数ヶ月に1週間だけあったあの時間。
静けさとおしゃべりを、今も時々思い出す。

学校帰りの小さな公園

高校時代、初めての彼氏ができました。
帰り道は逆なのに、いつも一緒に帰ってくれる
優しい彼でした。
学校帰りの小さな公園のベンチに座り
なんでもないことを話しながら
笑いあうのが本当に幸せでした。

なんで別れちゃったんだろう。

鹿川渓谷キャンプ場

小さい頃、家族で何度も訪れたキャンプ場です。
その日も休みを利用して家族みんなでキャンプに来ていました。
着く少し前ぐらいから雨が降り出していて、テントを張ろうにも外はザーザー。
父は少々短気なところがあり、イライラ。
車の中は沈黙と重い雰囲気。
とにかく父の機嫌がなおってほしい。
私は後部座席で皆に見えないように手を組んで「神様、雨をとめてください」と祈っていました。
すると数分後、見事に雨はパッタリ。
晴れて明るい日差しが差し込み、父はテントを張るうちにご機嫌に戻っていました。
私が神様の存在を信じた瞬間でした。
いま思えば、変わりやすい山の天気。
あまりにも単純で、純粋な、幼いころの想い出です。
私も将来は、テント一式をパジェロの後ろに積んで、家族みんなでキャンプに行くのです。
お母さんの立場で、お父さんの機嫌をうかがいながら。

実家の近所

小学生にとって夏休みはパラダイスだ
とりわけ僕にとっては夏の早朝が一番の楽しみだった

毎朝6時に起き、服を着替え、むしかご片手に弟と家を出る
いつものポイントに行き、僕が木を一回、二回、と蹴ってみる
近くの草むらにボトッと何か落ちる音がした
弟がそのあたりをごそごそと探す

「見つけた!!」と弟が言うと僕も急いでそばによって覗き込む
そこには黒に近い暗い茶色の宝石が一匹

それを僕は自慢げにむしかごに入れる
それから僕たちは意気揚々とラジオ体操へと向かう

実家近くの公園

実家の近くにある公園はみんなに「上の公園」と呼ばれていた。もちろん「上の」とつく以上、「下の公園」もあったのだが「上の公園」で遊ぶことが多かった。そちらの方が家から近かったこともあるし、野球やサッカーなどで遊ぶときに遊具や木の場所を利用しての塁やゴールを定めやすかったこともあるだろう。小学生の間ずっと集団登校をしていた私にとっては、そこは朝の集合場所としての機能も持ち合わせていた。そこで遊んでいたのは私を含め近所の子供たちだが、学年などは関係なかった。そこにいるみんなで遊ぶ、そんな場所だった。
そこで私たちは毎日遊んだ。示し合わせたわけではないのに誰かが必ずそこにいた。サッカーや野球、ドッヂボールをすることもあれば缶けりやけいどろ、木登りをしていたこともある。ブランコを使っての靴飛ばしはみんな燃えた。
公園の中にはいろいろな木や花もあった。春には山桜がソメイヨシノより少し早く花を咲かせ、柔らかい緑が目に優しい。夏には春よりも濃い色となった葉が強い日差しを遮り、クチナシの甘い香りが広がる。秋にはケヤキの葉がみごとなグラデーションを見せ、銀杏は黄色の葉を落とし、ドングリが地面に転がる。冬には椿が鮮やかな赤を見せてくれる。他にも常緑樹はあったし花壇にも花があった。
決して広くはない公園だ。だがそこに私の子ども時代のほぼすべてがある。昔と違って子どもの数が減ってしまい、子どもが遊んでいる様子を見ることはあまりなくなってしまった。あの公園を見るたびにそれを寂しく感じながら、幼かった頃の自分と友人たちのことを思い出すのだ。

田んぼのあぜ道

その頃元気だったじいちゃんと、並んで田んぼの水の量を見た。

20年生きた猫のみいちゃんと、「きもちいいねえ」と言いながら散歩した。

今はもう星になってしまったあの子と、追いかけっこをした。

お母さんと喧嘩して、家を飛び出して、大声を出しながらうずくまって泣いた。

切り取られた思い出の場面は、どれも、太陽が沈む前、辺り一面がオレンジ色になる頃。
すこしさみしくて、でも、どこかまぶしい、そんな時間帯。

田んぼのあぜ道で。

ゆり組の教室

幼稚園のころ。
なんでだかいまでは思い出せないのだけれど、気に食わない女の子がいた。
その子に対するあからさまないじわる。
ひねくれたこどもだった。

ある日の給食時間の終わりごろ
先生のところにみんながたかっている。
「どうしたとー?」と近寄るわたし。
例の女の子が泣いていた。
「ちょっと来なさい」
大勢いる中でわたしだけ先生に呼ばれた。
原因はわたしだった。
これが始めて先生に怒られたとき。
これが始めて人を傷つけたときの悲しさに襲われたとき。

目を閉じるとはっきりと思い出す。
あの子の涙とわたしの涙と先生の涙。
幼くして大切な涙を胸に刻んだ。

散歩道

周りから、彼氏と間違われるくらい仲が良くて、顔が似ていない私と弟。
ある日突然、彼に二度と会うことが出来なくなる日が訪れた。
全てが終わりしばらく経って、一人ふらりと散歩に出かけた。
歩くたび色々な思い出が頭を巡り、押し寄せる感情に流されそうに
なりながら、ただ歩いた。
滲んだ視界の向こうに、遠い昔に遊ぶ私達を見ていた。

家と家を渡る赤い橋

当時付き合っていた人の家に向かう途中,狭い路地の先に湾を渡る赤い橋が見えた.
まるで路地に並ぶ家と家を結んでいるような橋.
人や猫の温度が残る路地を冷たく支配する橋.
ちょっと遠回りなのに,必ずその路地を通ってた.
橋からはこんな路地は見えないのに,と思いながら.

病室から見た新病棟と満月

我が子誕生の前日深夜。いつ終わるともわからない陣痛に耐えながら二人で病室から見た、新病棟の建設現場とその先の空にある満月。月と人間との神秘的としか言いようのない繋がりの深さと、目の前で行われている(今の自分にとって)見慣れた人間の営みと。その関係性の凝縮した風景を見ながら、ただ無事を祈ることしかできなかった自分の無力さを感じた瞬間でした。