高校の売店

 高校1年生のとき私のいた教室は、売店に一番近いところにありました。行きたかった高校に入学し、新しい友達もできて楽しい生活が始まった一方で、まだ慣れない環境に落ち着かず、手持ち無沙汰な休み時間には用事もないのによく売店に行っていました。古くて小さな売店でしたが、なんとなくホッとする場所だったのです。そこにたくさん並ぶパンの中で、「棒ドーナツ」は私のお気に入りになったのですが、人気がある割に数が少なく、買いにいくのが少し遅くなった日には、売り切れていることもたびたびでした。私と売店のおばちゃんの間で、
「棒ドーナツありますかー?」
「あらー、さっき売り切れたんよ。もう少し早く来てくれればよかったのに。」
という会話が何日か続いたこともありました。そんなある日、売店に行くと、
「あー、来た来た。ドーナツとっといたけんね。」
と、おばちゃんがこっそり取っておいた私の分のドーナツを出してくれたのです。
うれしい反面、ちょっぴり恥ずかしくもあり、でもおいしくいただきました。

 気がつけば、休み時間はクラスの教室で友達とおしゃべりしている時間が居心地よくなり、さらに学年が上がると売店から遠い教室になったこともあって、棒ドーナツを買い求めに行くこともほとんど無くなっていました。でも、あのドーナツの味は今でもたまに恋しくなります。

校庭の大きな土管

小学校の校庭にあった四角形の大きな土管。当時非常にはやっていたケイドロのときに「刑務所」にしていて、懐かしい場所です。ひんやりした土管の中は何だか居心地のいい場所でした。

おばあちゃんちの前の道路

たしかわたしが小学校3年生くらいのとき。

おばあちゃんちは星がとても綺麗に見える田舎町の山のてっぺんにあった。

お盆で親戚みんながおばあちゃんちに集った夜。
その夜はちょうど、なんとか流星群が何年かに一度来る日だった。

「前の道路でて、みんなで寝そべって見てみようか」

誰かの提案でみんなで外に出て、おっきなビニールシートを敷いて寝っころがった。
みんなで笑いあいながらずーっと空を見上げていた。
田舎だから車なんて来ないと思っていたら1台軽トラがやってきてびっくりした。
みんな慌てて起き上がって逃げた。

そのとき流れ星が見えたか、空がどんなに綺麗だったかはあんまり覚えていないけど、とってもどきどきわくわくした。

その胸の高鳴りが今でもキラキラした思い出として残っている。

小学校の理科室

小学校の理科室、ドアの鍵は職員室にあるのですが、なぜか廊下側の窓は鍵の閉め忘れがよくありました。友達二人でこっそり窓から忍び込んでは、黒板に落書きしたり、備品棚の引き出しを全部開けてみたり…見回りなんて来ないのにずっと声をひそめてお喋りしていたことを覚えています。グラウンドとは違った静かな空間が好きだったのかもしれません。二人だけの秘密だった、大切な思い出です。

中学校

成人式の同窓会の後、友人と思いつきで通っていた中学校に行くことになった。その友人はみな小学校からの仲で9年間もの付き合いがあった。私は高校進学時に県外に出たので一緒に彼らと過ごすことは卒業以来なかった。それから約5年間集まることがなかったため、深夜にも関わらず大騒ぎした。成人式を終えたばかりなのに派手に騒いだ。友人の中には既に働いている者もいる。その1人が「次はいつ集まれるかな」とポツリ。
大学生活も残り半分。友達と過ごす時間は無限にあるわけじゃない。だからこそ大事にしなければ、そう思わせてくれた中学校は大切な想い出の場所。

ミューラ

子ども達の集まる、”ミューラ”という文房具屋が近所にあった。色とりどりのペンや美味しそうな駄菓子、かっこいいプラモデルまで、子供心をくすぐるものがなんでも揃っていたように思う。僕らはよく、そこで遊びの待ち合わせをしたし、そこは町内の子ども達のオアシスのようだった。

「はい、100万円ね。」100円のお菓子を買うと、お店のおじちゃんは決まってそう冗談を言った。100万円のおじちゃんは笑顔が優しくて、緑のセーターのよく似合う人だった。

お店はなくなってしまったが、店内の埃っぽい空気や100万円のおじちゃんの優しい声、甘ったるいガムと練り消しの匂い、扉の軋み具合まで今でも覚えている。
中学生になって初めてそこが”ミューラ”ではなく”三浦商店”だったことを知ったが(”ミューラ”ではなく、”ミウラ”だったのだ!)、僕にとって今でもそこは”ミューラ”のままである。

幼い頃住んでいた近くの河川敷

小学校2年まで住んでいた家の近くにあった、宮崎の河川敷。
ほとんど毎日の様に通っては、近所の友達と遊んでいた。春は四つ葉のクローバーやバッタ探し、夏は川遊び、秋は紅葉、冬は凧上げ…などただひたすらに遊んでいた。遡れば、歩く練習もそこでしていたらしいので、私の成長とともに存在した場合である。
とにかく、その河川敷には楽しかった思い出がたくさん詰まってる。最後にそこへ行ったのが、もう5年以上前のこと。今もあのままの姿で残ってるだろうか、と気になっている。
また、行きたいなぁ…。

友達の家

留学について悩んでた。

そして相談した、同じ部活の同級生。
夢と部活、どちらを優先するべきか。

「頑張って。いつでも相談にはのるから。」
と、その人はいつも応援してくれた。

でも二人でのんでたとき。
ふとその人がつぶやいた一言。

「本音をいうと、行ってほしくない。」

・・・すごく嬉しかった。

部屋とケータイ

ある日先輩に
「好きになっちゃいましたー!はいっ中間報告ー!!」っ
てメールしていまい。。
そのあとちゃんと直接言ったけど、なんかどう接すればいいのかわからず。。。意味のわからない行動をたくさんしてしまった。

それで結局ふられちゃいました。。

でも すごくいい経験です:*

今も少し好きですけど、先輩は別に好きな人がいるみたいで。

最近会う機会が増えたんですけど、素直に笑えないです。。

バイト先で先輩と普通に会話できるよおになれるといいなっていうのが今の願いです!

高校の音楽室

朝日の差し込む音楽室が好きでした。
朝5時起きで学校へ行き、朝日に照らされながら楽器を吹く時間が好きでした。

仲間と共に一つの目標に向かって走っていた日々。
もうきっと行くことはないであろう高校の音楽室で楽器と過ごした3年間が一番大切な時間です。

今、どんな子があの楽器を吹いてるんだろう

San Francisco

今年の9月、大学の長期休暇を利用して
San Franciscoに短期の語学留学をした。
「留学」と言うと聞こえがいいが、
実際は毎日、遊びほうけていた。
アルバイトなどのしがらみもなく、
毎日が「夢の国」に居るような
感じであった。
「海外逃亡」はかけがえのないものとなった。