テニスコートと夕陽と富士山と

 学校からは都庁が見えた.夕陽に照らされる新宿ビル群.そこから見下ろされる下町に,母校はあった.
 いつの間にか仲良くなっていた親友に,今日は一緒に帰れない事を告げる.いつも彼はふーんとだけいった.ボロボロの鞄を手に取り颯爽と教室をあとにする彼を見送り,隣の教室へと歩を進める.
 一緒に帰ろうなんて言葉を飲み込み,友達と談笑している彼女がいる教室に徐にはいっていく.友達の目配せでこっちに気付いて,じゃーねと言って学校を出る.
 新宿・渋谷が近い学校からの帰り道は,都会の雑音とは切り離された,古い住宅街の裏通り.先生が,先輩が,友達が,テストが,そんな話をうんうんとききながら,二人の影法師はオペラシティへと向かう.商店街を抜けると,ぬっと現れる淡いピンクのオペラシティ.テニスコートとデニーズを横目に,ピンクの塔の麓へと階段を上る.
 まばゆいオレンジの空を背景にして,街並の切り絵が広がる.目を凝らすと,ぽつんと佇む富士山の影.今は無きその影は,今日もどこかで夕陽に照らされている.

高校の売店

 高校1年生のとき私のいた教室は、売店に一番近いところにありました。行きたかった高校に入学し、新しい友達もできて楽しい生活が始まった一方で、まだ慣れない環境に落ち着かず、手持ち無沙汰な休み時間には用事もないのによく売店に行っていました。古くて小さな売店でしたが、なんとなくホッとする場所だったのです。そこにたくさん並ぶパンの中で、「棒ドーナツ」は私のお気に入りになったのですが、人気がある割に数が少なく、買いにいくのが少し遅くなった日には、売り切れていることもたびたびでした。私と売店のおばちゃんの間で、
「棒ドーナツありますかー?」
「あらー、さっき売り切れたんよ。もう少し早く来てくれればよかったのに。」
という会話が何日か続いたこともありました。そんなある日、売店に行くと、
「あー、来た来た。ドーナツとっといたけんね。」
と、おばちゃんがこっそり取っておいた私の分のドーナツを出してくれたのです。
うれしい反面、ちょっぴり恥ずかしくもあり、でもおいしくいただきました。

 気がつけば、休み時間はクラスの教室で友達とおしゃべりしている時間が居心地よくなり、さらに学年が上がると売店から遠い教室になったこともあって、棒ドーナツを買い求めに行くこともほとんど無くなっていました。でも、あのドーナツの味は今でもたまに恋しくなります。

犬の散歩道

自衛隊と田んぼの間の道です。まだ遊びたかったのにとか、あと10分は寝れたのにとか、なんで自分だけが毎日毎日散歩しなきゃいけないんだとか、そんなことを思いながら引っ張られるように散歩をしていました。山と田んぼと自衛隊さんの掛け声と、巡る季節が素敵でした。年をとって足が震えるようになった彼と、あといくつの季節を超せるでしょうか。

祖父母の家

自宅から遠い祖父母の家。
小学生のときまでは毎年夏休みに行っていた。
畑仕事を手伝ったり、絵日記を書いたりして楽しく過ごした。
そんなある日、宿題を机の上に広げっぱなしにして、外で遊んでいたら、厳しい祖母にすごく怒られた。
親戚の中では怒られることが少なかった私はショックだったけど、「後片付け」について考えさせられた小学校2年生の夏だった。
畳の香りを嗅ぐといつもこのほろ苦い想い出を思い出すけれど、あんなに怖かったおばあちゃんも1人になって痩せてまるくなっちゃったなぁ。

中学校の玄関前

部活やクラスの仲間、仲よかった先生と色んなことを語り合った。

将来どうしたいかとか、志望校どこにするとか、更には漠然とした人生観まで話題は多岐に渡ったなぁ・・・挙句の果てには「お前、恋人は大学入るまでできないよ」と一番信頼してた(してる)先生に言われ、本当にそうなっちゃったので笑ってしまう。

思えば、この頃が一番自分の人格形成に影響してる。もっと色々な価値観を知りたいってなったし、他者の心に興味を引かれたのもこの習慣のせい。

皆でお喋りしながら帰る準備して、靴はきに玄関まで来て、気がついたら大体2〜3時間くらい居座って。時として学校閉まるまで居座ってたかな。なんとか相談室みたいなのよりよっぽど悩み相談とかオープンにできた。

玄関

ドアをあけるといつもタックルみたいに私の足に突っこんでくる。
尻尾がないからお尻をふって
目もらんらん耳もぴーん
これでもかと飛び跳ねて
おかえり、おかえりって迎えてくれる。

楽しいことがあった日も
へとへとに疲れた日も
泣きそうな日も
お土産を買ってきた日も

毎日毎日変わらずそこにいて、
私の帰りを待っててくれて。
私はいつも嬉しかった。

身体いっぱいのおかえりをありがとう。
大好きだよ。

もう二度と会えないけど
ずっとずーっと、大好き。

室見川

高校を卒業した春休み

夕方からじゃないと予定が合わないと言われて
拗ねたわたしは一人で室見川へ行ってみた

花がきれいに咲いていて、風も優しく吹いていた
流れる水も美しく、時間がゆっくり流れているようだった

ちょっぴり斜めだった私の機嫌もなおってきた

土手にごろんと寝転がった

空を眺めながら、いろいろいろいろ
かんがえた

気づいたら寝てしまっていた

びっくり

屋外でねてしまうなんて

でもきもちよかったな

春の室見川

次はだれかと行きたい

部室

私の高校三年間の想い出は、部活一色です。毎日部活をすることが、そして、部活の友達と会うことが学校に行く理由の大半を占めていた気がします。たくさん行事や大会はあったけど、私が大切に思うのは、部室に集まりみんなで他愛のない話をした時間です。すわり心地の悪い椅子に座って、外の運動部を眺めながら、いつまでも話し込んでいたあの時間は、とても愛おしい時間だったと感じます。

家の周りの森林

 僕の実家の周りは森林と畑しかなかった。民家の集団から孤立した立地だったこともあり、森の中の隠れ家などと言われたぐらいだ。そんな環境で青春を過ごしてきたため、森が一番の友達になることはある意味必然だったかもしれない。
 小学生の頃、学校から帰れば森の中に探検に向かうのが日課だった。野良犬や野良猫を追いかけ、見たことのない木や虫に興奮する日々。成長してからも、悲しいことがあればまずは森に入っていった。悩みもつらさも共有し、森のすべてが僕を励ましてくれるようにすら感じられたのだ。
 そして、10数年間毎晩変わらず流れる森の虫やカエルによる大合唱は最高の子守歌。これがないと落ち着かないくらいだ。
 大学生となり実家から離れることになった。目に映る色とりどりの建物、夜でも明るい街。世間の技術の進歩に感心させられる日々。でもやっぱり落ち着かない。僕にはあのシンプルな緑があっているようだ。毎晩そんなことを考えながら布団に倒れこむ。森の子守歌はここじゃ聞こえないようだ。

公園

私が小学生の頃の思い出です。

たいていは小学生の学校帰りって駄菓子屋さんに寄ったり、公園のグラウンドのような所で遊ぶのでしょうか。
私は当時それほど広い交友関係を持っていなかったので、
友達と2人で、いつもある公園に行っていました。

その地元の公園は本当に小さな公園で、滑り台一つと砂場しかありません。
さらに、長い坂のてっぺんにあり、公園の半分は柵に囲まれ、その先は崖のようになっています。
そのため人はほとんど立ち寄らず、おそらく認知度もかなり低いです。

ですが、そんな公園が私たちの穴場×一番の場所でした。
なぜなら、その公園から見える夕陽、そして日没は、本当に綺麗で時間を忘れてしまうほどだったからです。
オレンジの空は、いつも暮らしている慣れ親しみ過ぎた町を、何か愛しいもののように感じさせてくれました。
そんな綺麗に染まる町を見たくて、私と友達は何度もその公園に通いました。

馴染みのあるこの町で、唯一私たちが知っているであろう、
この公園とそのオレンジがいつまでも忘れられない、私の大切な思い出です。

テニスコートと夕陽と富士山と

 学校からは都庁が見えた.夕陽に照らされる新宿ビル群.そこから見下ろされる下町に,母校はあった.
 いつの間にか仲良くなっていた親友に,今日は一緒に帰れない事を告げる.いつも彼はふーんとだけいった.ボロボロの鞄を手に取り颯爽と教室をあとにする彼を見送り,隣の教室へと歩を進める.
 一緒に帰ろうなんて言葉を飲み込み,友達と談笑している彼女がいる教室に徐にはいっていく.友達の目配せでこっちに気付いて,じゃーねと言って学校を出る.
 新宿・渋谷が近い学校からの帰り道は,都会の雑音とは切り離された,古い住宅街の裏通り.先生が,先輩が,友達が,テストが,そんな話をうんうんとききながら,二人の影法師はオペラシティへと向かう.商店街を抜けると,ぬっと現れる淡いピンクのオペラシティ.テニスコートとデニーズを横目に,ピンクの塔の麓へと階段を上る.
 まばゆいオレンジの空を背景にして,街並の切り絵が広がる.目を凝らすと,ぽつんと佇む富士山の影.今は無きその影は,今日もどこかで夕陽に照らされている.